茶道を四十五年続けてきました。
「よくそんなに続きますね」と言われることがあります。自分でも不思議です。今日は、長く続いた理由を考えてみようと思います。これから始める方、続けようか迷っている方の参考になれば。
やめたいと思ったことはあります
正直に言いますと、やめたいと思ったことが一度もないわけではありません。
忙しい時期、体が思うように動かない時期、覚えが悪くて落ち込む時期。それに、お茶は続けるのにお金もかかります。お免状をいただくにも費用が要ります。「お茶をしていなかったらお金が貯まっていただろうなあ」と思ったことも、正直あります(笑)。
それでも続いたのは、なぜだったのでしょうか。
続いた理由その一、完璧を目指さなかった
私は覚えの良い弟子ではありませんでした。同じ間違いを何度もして、義母に叱られてばかり。
でもあるとき、「覚えられないなら、覚えられないなりに通えばいい」と開き直ったのです。稽古は競争ではありません。昨日の自分より少しでも進めば上等。そう思えるようになってから、気持ちが楽になりました。
続いた理由その二、お茶以外の楽しみがあった
お菓子が楽しみでもいい。着物が楽しみでもいい。お仲間とのおしゃべりが楽しみでもいい。
私の場合は、季節の道具や花、そして「なぜ?」と思ったことを調べる楽しみでした。点前の意味、道具の由来、禅語のこと。図書館で本を借りて調べるうちに、お茶の世界がどんどん広がっていきました。
「稽古」だけがお茶ではないのです。入り口はどこからでも。
続いた理由その三、居場所になった
長く通ううちに、稽古場が居場所になりました。季節ごとに顔を合わせるお仲間。おいしいお茶とお菓子。日常を離れる二時間。
人生には、家庭でも仕事でもない「第三の場所」が要ると聞いたことがあります。私にとってそれがお茶でした。
休んでもいい、戻ればいい
これから始める方にお伝えしたいのは、「休んでも、やめたことにはならない」ということです。
私のまわりにも、子育てで十年休んで戻ってきた方、転勤で離れてまた始めた方がたくさんいます。お茶は逃げません。何歳からでも再開できます。
利休道歌に「稽古とは一より習い十を知り、十よりかえるもとのその一」とあります。行きつ戻りつでいいのです。細く長く、それがお茶と付き合ういちばんのコツだと、私は思っています。

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