夕飯の片付けを少し後にして、孫たちと月を見る。初秋の晩には、そんな時間があってもよいなと思います。家のことは、探せばいくらでもありますから、こちらから手を休めないと中々終わりませんね。
お茶も一緒にいただけたら、私はうれしいです。ただ、家族で楽しむお月見と、お茶の世界でいう「月見の茶」は、どこまで同じなのでしょう。
月見の茶(つきみのちゃ)は、月を愛でる趣向で催す茶会や茶事をいいます。月を楽しむ気持ちは、家でのお月見にも通じます。その気持ちを、客を迎えるお茶の席に表したものと考えると、少し身近になるでしょうか。
月を楽しむためのお茶の席
「月見の茶」という一つの決まったお点前があるわけではありません。「観月茶会(かんげつちゃかい)」という名前も見かけますね。観月も、月を眺めて楽しむという意味です。
月見の茶という呼び名だけでは、食事まであるのか、薄茶をいただく席なのかはわかりません。招かれた時には、その会の案内を確かめるのがよいと思います。名前から難しいお点前を想像してしまうより、どのように月を楽しませてくださるのだろうと思うと、楽しみが増します。
実際の席には、色々な工夫があります。裏千家学園の観月茶会では、舟の形をした花入を用い、水に浮かぶ舟から夜空の月を見上げる景色を表した例が紹介されています。裏千家学園「観月茶会」
舟から月を見る。
花入の説明なのに、自分が水の上にいるような気持ちになります。月そのものの形がなくても、お月見の景色は伝わるのですね。私はこういう取り合わせを考えるとなると難しいのですが、見せていただく楽しみはあります。
お茶を飲む間、ずっと月を見ているのでしょうか
月見と聞くと、外に座り、月を見上げながら茶碗を持つ姿を思い浮かべるかもしれません。けれども、茶室でお茶をいただき、月はその前後に楽しむ形もあります。月見の茶だから、必ず戸外で点てるということではないのです。
茶碗を手にしたら、その一服を味わう。月を眺める時には、顔を上げて眺める。それぞれの時間があってよいのでしょう。お茶を飲みながら何もかも味わおうとすると、私などは忙しくなりそうです。
白露の頃も、お茶はまだ風炉の季節です。月見という趣向を添えても、それだけで湯を沸かす道具や、お点前の手順が特別なものに変わるわけではありません。
初めて参加する方も、月見専用の作法を一から覚える、と身構えなくてよいと思います。お席でわからないことは尋ねながら、その日の菓子や道具に表された月を楽しんでいただきたいです。
家では、片付けの手を休めて
家で孫たちと月を見るなら、私は茶会の形を整えることより、一緒に座る時間を取ってみたいです。お茶の支度に気を取られて、月を見るのが後回しになっては惜しいですから。
私には薄茶を一服。孫たちには、それぞれが飲みたいものを。茶道のお席と同じにはなりませんが、家のお月見なら、それでよいと思います。
美月にも月を見てほしいけれど、私と同じように長く眺めているかはわかりませんね。少しの間でも、一緒に空を見上げられたらうれしいです。何か教えようとしなくても、月がきれいだと思う時間は残るかもしれません。
月見の茶を知ると、お茶のために時間を作るだけでなく、月を見るためにお茶を用意する楽しみもあるのだなと思います。
この秋は、家の用事をひとつ後にして、月を眺める時間をいただこうと思います。

コメント