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裏千家茶道資料館で鵬雲斎宗匠の一周忌記念展が開かれているそうです

先日、新聞をめくっていたら気になる記事がありました。京都の裏千家茶道資料館で、鵬雲斎宗匠の一周忌を記念した展覧会が開かれているというのです。

宗匠がお亡くなりになったのが去年。もう一年経つのかと、時の流れの速さに驚きました。享年102歳だったそうです。長いお茶の道を、最後まで歩き続けられた方なんですね。

膝の手術をしてから、以前のように出歩くことが減りました。その分、家で新聞をゆっくり読む時間が増えたように思います。急いでいた頃には目に留まらなかった記事にも、気づくようになりました。この記事もそんな一つです。

目次

「看脚下」という展覧会の名前

展覧会の名前は「看脚下(かんきゃっか)-鵬雲斎の軌跡-」というのだそうです。読み方も難しくて、最初はなんと読むのかわかりませんでした。

調べてみると、これは宗匠が最晩年に書かれたご著書の題名からきているとのこと。足もとをよく見なさい、というような意味合いでしょうか。今の自分の稽古にも通じる言葉だなと、勝手に胸に留めました。

会期は6月18日から9月15日まで。書画やお好みの道具、ご著書、写真パネルなどで生涯を振り返る展示だそうです。長い会期だから、まだご覧になっていない方も間に合うのではないでしょうか。

「看脚下」という言葉、恥ずかしながら初めて知りました。足もと、というのは案外見えていないものですね。お点前でも、手先や道具にばかり気を取られて、自分の座り方や姿勢がおろそかになることがあります。師匠にもよく「足もとから直しなさい」と言われたものでした。

流派を超えて名前をよく聞く方

私は表千家でお稽古を続けています。鵬雲斎宗匠は裏千家の方ですから、本来なら少し遠い存在かもしれません。でも不思議と、流派を超えてよくお名前を耳にする方でした。

「一碗からピースフルネスを」という言葉を掲げて、世界中を回りお茶を通じた交流に尽くされたそうです。一つのお茶碗から、平和への思いを広げていく。大きなことのようで、私たちが毎日のお稽古で一服差し上げることと、根っこは同じなのかもしれません。

そう思うと、流派の違いなんて小さなことに思えてきます。

義母の教えを思い出しながら

亡き義母が、生前よくこんなことを言っていました。「流派は違っても、お茶の心は一つですよ」と。若い頃の私は、正直よくわかっていませんでした。表千家と裏千家では、お点前の細かなところがずいぶん違います。どちらが正しいとか、そんなことばかり気にしていた時期もありました。

この年齢になって、ようやく義母の言葉の意味がわかってきた気がします。手順は違っても、お客様を思う気持ちや、一服のお茶にかける心は、流派を超えて同じなんですね。

今度、図書館に行く機会があったら、鵬雲斎宗匠のご著書を探してみようと思います。すぐには借りられなくても、こういうきっかけで知ることが増えていくのは、うれしいものです。

行ってみたいけれど、心にとどめて

九州に住む私には、京都まで足を運ぶのは今はまだ難しいです。膝を悪くしてから、遠出は車でゆっくりの範囲にとどめています。新幹線で乗り換えて、というのはもう少し先になりそうです。

それでも、こうして新聞で読んだお話を心にとどめておくのも、悪くないなと思います。行けなくても、知っておく。それだけで、なんだか少し豊かな気持ちになります。

暑い盛りの稽古では、葉蓋や洗い茶巾といった夏らしい道具立てが続きます。汗をぬぐいながらのお稽古ですが、こうした静かな読み物があると、心はすっと落ち着くものですね。

涼しくなったら、少しずつ出かけられる範囲も広がるかもしれません。そうしたら、いつか京都まで足を延ばして、宗匠の歩んでこられた道を、この目で見てみたいものです。

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