「使えない」とだけ聞くと、もう出番のない道具のようで、少し寂しくなります。棗の場合は、その言葉の前に「何には」が欲しいですね。濃茶のお点前には使えないのか。抹茶を保存するには向かないのか。それとも、その棗に傷みがあるのでしょうか。
私は、使ってよい、いけないだけを覚えるのが苦手です。理由までわかれば思い出せそうなのに、決まりだけでは中々残りません。棗も、どこで困っているのかによって、答えが変わります。
「棗 使えない 理由」は、何に使うかで変わります
棗そのものが、茶道で使えないわけではありません。棗は主に薄茶の抹茶を入れる道具です。濃茶では茶入を用いるのが基本ですが、棗を使う扱いもあります。また、一般的な棗は抹茶を長く保存するための密封容器ではありません。傷みや汚れがある場合は、お点前の決まりとは別に、その品の状態を確かめる必要があります。
同じ「使えない」でも、今のお点前には合わないことと、道具が傷んでいることは、意味が違うのですね。
たとえば、濃茶の稽古に用意した棗が合わなかったとしても、それで薄茶にも使えなくなるわけではありません。季節の絵柄がその席に合わない場合も、道具として駄目になったのではなく、出番を待つことになります。
理由のわからないまましまってしまうのは、もったいないと思います。尋ねるなら「この棗は、今日のお点前には合わないのでしょうか」と、使いたい場面を添えると話が通じやすいですね。
棗とは、薄茶の抹茶を入れる道具です
棗は「なつめ」と読みます。蓋のある小さな器で、薄茶を点てる時に使う抹茶を入れておきます。名前は、植物のナツメの実に形が似ていることに由来します。木地に漆を塗ったものがよく知られています。観光庁の茶の湯紹介資料
お茶を点てる時には、ここから茶杓で抹茶をすくい、茶碗へ入れます。棗の中に湯を注いだり、茶筅で混ぜたりするものではありません。小さな蓋物ですから、初めてなら、何をどこまで入れるのかもわかりにくいでしょうね。
大棗、中棗、小棗という大きさの呼び名があり、黒くすっきりしたものも、蒔絵で草花などを表したものもあります。蒔絵は、漆で描いた模様に金や銀などの粉を用いる技法です。作り手の品を見ても、同じ棗の中に色々な姿があります。うるしギャラリー久右衛門「春秋 中棗」
ただ、黒いから皆同じ材料、とは限りません。木製か樹脂製か、漆塗りか別の塗装か。手入れを考える時には、見た目より、この違いが大事になります。
形の名前を覚えたと思ったら、今度は材料です。小さな道具なのに、覚えることは小さく収まってくれませんね。
棗は濃茶には使えないのでしょうか
薄茶には棗、濃茶には茶入。初めは、この組み合わせから覚えるとわかりやすいと思います。
茶入は「ちゃいれ」と読みます。濃茶に用いる、陶製の小さな容器が代表的です。薄茶も濃茶も抹茶を使いますが、お点前では、それぞれに道具と扱いが伝わっています。抹茶が入る大きさなら何でも入れ替えてよい、ということにはなりません。
けれど、「棗に濃茶用の抹茶を入れてはいけない」とまで覚えると、また困ります。表千家には、棗を帛紗で包んで濃茶に用いる「包帛紗(つつみぶくさ)」の扱いがあります。帛紗は、道具を清める時にも使う布ですね。茶の湯おぼえがき「包帛紗」
ここまで来ると、使えるのか使えないのか、はっきりしてほしいと言いたくなります。
私には、「基本のお点前では茶入を用意する。棗を用いる時には、そのための扱いがある」と考えるほうが覚えやすいです。例外の名前だけ知って、手元の棗を自由に濃茶へ使ってよいという意味ではありません。実際の稽古では、どの棗をどう用いるかまで確かめます。
薄茶器という名前は、役目を知る助けになります。でも、その名前だけで使い道の全部を言い切れない。お茶の言葉の難しさは、こういうところにもあるのでしょう。
抹茶を棗に入れたまま保存してもよいのでしょうか
家で使う方には、お点前より、こちらの疑問が切実かもしれません。蓋があるのだから、そのまま置いておけそうに見えますね。
一般的な棗の蓋は、保存缶のような密封を目的としたものではありません。お茶を点てるために抹茶を移して使う器、と考えておくとよいと思います。
抹茶は高温や湿気、光、ほかのもののにおいの影響を受けやすいものです。丸久小山園も、開封後は密封できる容器で保存するよう案内しています。冷蔵した場合は、できるだけ常温近くに戻してから開けることも勧めています。丸久小山園「抹茶について」
棗には、その時に使う分を移す。残りの抹茶は、商品の保存案内に従って密封しておく。このように役目を分けると、支度もしやすいですね。
私は、気に入った器なら、なるべく使いたいと思います。けれど、棗に入れっぱなしにすることが、棗を大切に使うことではないのでしょう。使い終えたら中を空にして、次の一服を待ってもらいます。
なお、棗の形をした保存缶も売られています。こちらは保存用として作られた別の品ですから、形だけで判断せず、商品の用途を見てください。芳香園「抹茶保存缶 棗型」
古い棗や、洗った棗はもう使えませんか
古いという理由だけで、使えないとは決まりません。気になるのは、内側の塗りが剥がれていないか、ひびや欠けがないか、蓋が無理なく合うかという、今の状態です。カビらしいものや、強いにおいが残っている時も、抹茶を入れる前に確かめたいですね。
外側の小さな擦り傷と、内側の塗りが浮いている状態を、同じ傷として扱うのは難しいです。自分で判断できなければ、購入店や漆器を扱う店へ、内側と蓋の合わせ目も見ていただくとよいと思います。
手入れは、使い終えた抹茶を出し、残った粉をやさしく払い、柔らかな布で清めるのが基本です。しみず孔昌堂では、棗は乾いた柔らかな布で内外を清め、水や洗剤では洗わない方法を案内しています。しみず孔昌堂「茶道具の扱い方」
ただ、材料や仕上げによって手入れは違います。手元の品の説明があれば、そちらを確かめてください。漆のお椀が洗えるから棗も同じ、とは決めないほうがよいですね。
うっかり洗った場合も、一度ぬれたということだけで、もう使えないと決めつける必要はありません。水分を柔らかな布で取り、直射日光や熱風で急いで乾かさず、状態を見ます。変形や塗りの異常があれば、使用を控えて相談します。蓋が固くなった時に、力でねじって開けるのも避けたいです。
清潔にしたい気持ちと、道具に合う手入れ。その両方を考えるのは、案外難しいものです。
秋の棗選びも、「使えない」で終わらせずに
秋分を迎える頃も、風炉の季節が続きます。棗は夏だけの道具ではありませんから、秋になったというだけでしまう必要はありません。
萩など秋草の絵柄なら、この時季に使いたくなりますね。ただ、その絵が何を表しているのかが曖昧な時は、名前を確かめたいです。花が描いてあることはわかっても、葉や枝まで見ないと自信がない。私には、そのくらいの慎重さが要ると思います。
手元の棗を稽古に使いたい時は、形や大きさ、材料、絵柄を伝え、どのお点前に合うかを尋ねるとよいですね。買い替える話の前に、今あるものの出番が見つかるかもしれません。
覚えることが沢山あると、つい「これは駄目だった」とだけ残してしまいそうになります。これからは、その後に理由を一つ添えて覚えたいです。秋の夜長、棗の名前と使いどころを、少しずつ確かめていこうと思います。

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