嵯峨棗を調べていて、私が少し立ち止まったのは「土産物」という言葉でした。古い茶道具の説明に出てくると、意外に感じますね。大切に伝わっている棗も、初めから特別な注文で作られたものばかりではなかったようです。
嵯峨という名前は知っていても、どのような棗をそう呼ぶのか、私の中では曖昧でした。今回は辞典と博物館の作品紹介を読んでみました。形を覚えるつもりが、作られたものを茶人がどう受け取ったかというところに、心が向きました。
嵯峨棗 とは、京都の嵯峨に由来する蒔絵の棗です
嵯峨棗は「さがなつめ」と読みます。京都の嵯峨・嵐山で土産物として売られたと伝わる、蒔絵を施した棗です。黒漆の地に、草木などの文様をおおらかに表したものが知られています。
『精選版 日本国語大辞典』では、室町時代末期頃から江戸時代初期にかけてのものとして、枝垂桜、藤、柳、市松などを金の平蒔絵で描いた棗が紹介されています。嵯峨というのは、人の名前ではなく土地の名前なのですね。コトバンク「嵯峨棗」
棗そのものは、主に薄茶に使う抹茶を入れておく、蓋のある小さな器です。お点前では、ここから茶杓で抹茶をすくい、茶碗へ入れます。植物のナツメの実に姿が似ていることが、棗という名の由来です。表千家不審菴「棗」
嵯峨棗も、その棗の仲間です。嵯峨という種類のお茶を入れるものでも、嵯峨棗というお点前があるという意味でもありません。
棗の種類は茶道の棗(なつめ)の種類と使い方に、使うときに迷いやすいところは棗が使えない理由は?濃茶や保存、手入れで迷うところにも書いています。
初めてなら、「京都の嵯峨にゆかりがあり、おおらかな蒔絵に持ち味のある棗」と覚えると、名前と姿が結びつきやすいと思います。
嵯峨棗の由来に、土産物とあるのが面白いです
文化遺産オンラインに掲載された東京国立博物館の作品説明では、嵯峨棗は安土桃山時代から江戸時代初期の頃、京都の無名の工人たちによって数多く作られたとされています。特別な注文を受ける高級品というより、商品として流通したものだったようです。文化遺産オンライン「枝垂桜蒔絵棗」
辞典とは時代の示し方に少し幅がありますが、桃山時代の前後から江戸の初めにかけての棗、と考えると見当がつきますね。「何年に誰が作り始めた」と一つに決めて覚えるのは、控えておこうと思います。
土産物と聞くと、私はつい、旅先で気に入った品を選ぶような身近さを感じます。ただ、今のお土産屋さんと同じ様子だったかどうかまでは、この説明だけではわかりません。そこは想像と、資料にあることを分けておきたいです。
心に残ったのは、茶人たちが、その素朴な姿をよいものとして受け取ったということです。作り手の名が知られているから大切にした、というだけではなかったのですね。
私は道具の説明を読む時、作者や由来が立派だと、それだけで感心してしまうことがあります。けれど、この棗のどこが好きなのかと尋ねられたら、自分の言葉が出てくるでしょうか。嵯峨棗を調べながら、名前を覚える前に姿を見たいと思いました。
嵯峨棗の特徴は、蒔絵の描きぶりにもあります
蒔絵は、漆で文様を描き、金や銀などの粉を蒔いて表す装飾です。嵯峨棗では、細かなところを緻密に描き込むばかりでなく、伸びやかな線や文様の置き方に目を向けると、そのよさがわかりやすそうです。
先ほどの東京国立博物館の「枝垂桜蒔絵棗」は、江戸時代・十七世紀の作品です。一本の木から枝が広がり、器の表面を包むように文様がつながっています。作品説明には、花に少し盛り上がりをつけ、葉には銀粉も交えるという、この品ならではの工夫も紹介されています。文化遺産オンライン「枝垂桜蒔絵棗」
平蒔絵と覚えたら、すべてが同じ技法でできていると思ってしまいそうです。でも、実際の作品には違いがあるのですね。言葉の説明は入口で、一つの品を見る時には、その品の説明も読む必要があるのでしょう。
写真なら、正面だけでなく、蓋や反対側の画像も見てみたいです。枝がどこから伸び、どちらへ続くのか。黒い地がどのくらい残っているのか。同じ花の文様でも、器を包むように描くのと、小さく一か所に添えるのとでは、感じが違います。
「素朴」と聞くと、飾りのないものを思い浮かべますね。金の文様があっても素朴と感じる。そのあたりが、私は少し難しかったのです。細工の数だけでなく、描きぶりや全体の姿から受ける感じなのだと思うと、腑に落ちます。
ただし、黒い棗に草花の蒔絵があれば、皆、古い嵯峨棗と判断してよいわけではありません。写真で雰囲気が似ていても、作られた時代や伝来まではわかりませんから。
嵯峨棗を使う季節は、名前だけでは決まりません
秋の風炉のお茶の頃、今の席に嵯峨棗を取り合わせるならどうだろう、と考える方もあるでしょう。
嵯峨棗という呼び名そのものが、秋専用という意味ではありません。土地と作られてきた背景に関わる名前ですから、使う時季を考える時には、その棗に何が描かれているかまで見たいですね。
嵯峨・嵐山と聞いて紅葉を思い浮かべても、名前だけで秋の道具にしてしまうと、目の前の文様を見落としそうです。初秋から秋が深まる頃には、同じ草木の絵でも受け取り方が変わるでしょう。暦と絵柄を一対一で当てはめるだけでは、中々決まりません。
私なら、棗の絵がよく見えるように、ほかの道具との釣り合いを考えてみたいです。月にちなむ菓子を用意するなら、棗にはどのくらい季節を語ってもらおうか。これは決まりではなく、取り合わせを考える時の私なりの思いです。
実際のお稽古に用いる時は、季節の趣だけでなく、そのお点前に合う品か、持ち方や清め方も先生に確かめてください。古い品なら、使える状態かどうかの確認も先になります。
嵯峨棗を選ぶ時、手入れで気をつけたいこと
手元に迎えたいと思ったら、名称に加えて、品物の説明をよく読んでおきたいです。古い時代の品なのか、昔の意匠をもとに後の時代に作られたものなのか。作者や制作年代、寸法、直した箇所がわかるか。わからないところは、扱っているお店へ尋ねます。
鑑賞を楽しみたいのか、お茶を入れて使いたいのかも伝えるとよいですね。使うつもりなら、蓋の収まりや内側の塗りの状態も大切です。外の蒔絵がきれいだからといって、そこだけで決めないようにしたいと思います。
木製漆塗りの棗の日常の手入れは、使ったあとに抹茶を残さず払い、乾いた柔らかな布でやさしく清めるのが基本です。洗剤の臭いが移りやすいので、使ったあとに洗剤で洗うことは避けるよう、千紀園の手入れの説明にもあります。千紀園「棗の手入れ方法」
ただ、古い蒔絵や塗りに傷みがある品へ、同じように布を当ててよいとは限りません。浮いたところや剥がれがあれば、自分でこすって直そうとせず、お店や修理をする方に相談したいです。手入れのつもりで、大切な文様を落としては困りますから。
保管では直射日光を避けます。素材や塗りによって適した扱いも変わりますので、購入時に、その品の手入れまで聞いておくと安心です。千紀園「棗の手入れ方法」
嵯峨棗という名前の向こうに、名の残らない作り手と、その品を選んだ人がいた。そう思うと、古い道具の説明も、少し身近に読めます。
今度作品の写真を見る時は、作者の欄だけでなく、器の周りを巡る文様をゆっくり追ってみようと思います。

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