毎日暑い日が続きますね。
お稽古では、洗い茶巾の点前が続いております。涼やかな平茶碗に水を張って、茶巾を浮かべる。何度やっても、目で涼をいただけるようで好きな点前です。
そんな支度をしながら、ふと手にした黒い茶碗をじっと見ておりました。静かな茶碗だなと、いつも思います。
この時季は、拝見のたびに指先がひやりとして、それが妙に心地よく感じます。冬とはまた違う涼しさです。
そんな折、新聞で気になる展覧会のことを知りました。
樂歴代という展覧会
京都の樂美術館で、「樂歴代 −時代を超える茶碗たち−」という特別展が開かれているそうです。会期は4月25日から8月26日までとのことで、夏の間ずっと見られるのだそうです。
樂家の初代から現代まで、一子相伝で受け継がれてきた茶碗の歴史を紹介する展覧会だそうです。
一子相伝、という言葉を聞くだけで、なんだか身の引き締まる思いがします。四百五十年ほど前、安土桃山の頃から続いているというのですから、気の遠くなるような話です。
利休様と一碗
樂焼の始まりは、千利休様との出会いにあるのだそうです。展覧会には、初代長次郎作の黒樂茶碗《万代屋黒》も出ているとのこと。利休様が娘婿に贈られたと伝わる茶碗だそうです。
どんなお気持ちで贈られたのでしょうか。想像するだけで、胸がじんとしてしまいます。
お茶碗一つに、これほどの物語が詰まっているのだと思うと、日頃使っている自分の茶碗も、もっと大切に扱わなければと思わされます。
そういえば、少し前にも茶道具の銘のことが気になって調べたばかりでした。《万代屋黒》という銘も、どんな由来があるのでしょうか。気になり出すと、また調べ物が増えてしまいます。
銘のことも、贈り物としての茶碗のことも、知れば知るほど奥が深くて、正直なところ、まだ入り口に立ったばかりのような気がしています。
表千家との繋がりに心惹かれて
今回の展覧会には、表千家六代の覚々斎宗匠がお手造りになった茶碗も紹介されているそうです。私も表千家でお稽古をしておりますので、これには特に心惹かれました。
歌舞伎の坂東玉三郎さんや、デザイナーのNIGOさんがお手造りになった茶碗も並ぶそうです。時代も立場も違う方々が、それぞれに茶碗と向き合ってこられたのですね。不思議な繋がりを感じます。
義母からは、茶碗は目で見るより手で覚えるものだと、度々言われておりました。重さ、厚み、手にした時の温もり。見ているだけではわからないことが、たくさんあるのだと思います。
樂茶碗は、ろくろを使わず一つ一つ手で形づくられるからか、手にした時の柔らかさが違うと聞いたことがあります。本当かどうか、実際に手に取ってみないとわからないのですが。
実は私の手元にも、黒い樂茶碗がひとつあります。義母から譲り受けたものです。稽古で使うたび、義母に見られているような、少し背筋の伸びる気持ちになります。
華やかさはないけれど、飽きのこない茶碗です。長く使うほどに、手に馴染んでくるような気もします。気のせいかもしれませんが。
覚々斎宗匠がどんな思いで手造りの茶碗に向き合われたのか。表千家の歴代の中でも、道具への思いが深い方だったと聞いたことがあります。私のような未熟者には、まだうかがい知れないことばかりです。
九州におりますと、なかなかすぐには参れませんが、いつか京都に足を運べる日がきたら、実物をこの目で拝見してみたいものです。
それまでは、写真だけでも探して眺めてみようと思います。また新しいことを知って、お稽古に向かう気持ちが少し引き締まりました。
明日のお稽古では、あの黒い茶碗をまた手に取ってみようと思います。今度はもう少し、丁寧に拝見してみようと思います。

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