暑い日が続きます。お稽古では、団扇で涼をとりながら道具を拝見する場面が多くなりました。
この時季は、深い茶碗よりも浅く広い平茶碗を選ぶことが多くなります。見た目にも涼しく感じられるようにと、道具選びに少し気を配るのも、夏のお稽古の楽しみのひとつです。
そんな折、新聞で気になる記事を見つけました。東京の三井記念美術館で、秋に大きな茶碗の展覧会が開かれるのだそうです。
茶碗を100碗も選りすぐって
展覧会の名前は「館蔵の茶碗100撰 ―国宝から手造茶碗まで―」。会期は2026年9月12日から11月23日までとのことです。
三井家に代々伝わってきた茶道具のコレクションから、茶碗だけを100碗も選りすぐって並べるのだそうです。100という数を聞いて、まず驚きました。
一つの家に、それほどの茶碗が伝わっているというのも、想像がつかないような話です。何代にもわたって大切に受け継がれてきたのだと思うと、道具への向き合い方も変わってきそうです。
国宝の「卯花墻」も出るそうです
なかでも目を引いたのが、国宝の志野茶碗「銘卯花墻(めいうのはながき)」。桃山時代、十六から十七世紀にかけて焼かれたものだそうです。
教本や写真で名前だけは何度も目にしてきた茶碗です。実物を前にしたら、どんな気持ちになるのでしょうか。想像するだけで、少し胸が高鳴ります。
志野の茶碗は、白いやわらかな釉の景色が魅力だと聞いております。写真で見るのと、実際に手前で拝見するのとでは、きっと違うのでしょう。
気になって、今度図書館で志野焼のことをもう少し調べてみようと思います。こうして気になったことを一つずつ調べていく癖は、若い頃からちっとも変わりません。
国宝から手造りまで、幅の広さに
この展覧会のおもしろいところは、国宝や重要文化財の名品だけでなく、専門の陶工の作品、それに数寄者――お茶を愛する方々が手づくりされた茶碗まで、あれこれ並ぶという点だそうです。
名品もあれば、素人の手づくりもある。その振れ幅に、なんだか励まされる思いがしました。
私が稽古で使わせていただいている茶碗も、決して立派なものばかりではありません。それでも、自分なりに大切にしております。
義母からは、「茶碗は値段ではありません、使う人の心が映るものです」と、度々言われておりました。若い頃は生意気にも、正直あまりピンときていませんでした。
このごろになって、少しずつわかるような気がしております。手造りの茶碗が、国宝と並んで一つの展覧会に収まる。そのことが、義母の言葉をあらためて思い出させてくれました。
実は私の手元にも、義母から譲り受けた黒い茶碗がひとつあります。華やかさはありませんが、稽古で使うたびに、義母に見られているような、少し背筋の伸びる気持ちになります。
国宝の茶碗と並べたら、恥ずかしいくらい素朴なものです。それでも、私にとってはかけがえのない一碗です。展覧会に出るような名品と、日々の稽古で手に取る茶碗と。並べて考えることに、あまり意味はないのかもしれません。
会期は9月から11月まで、二か月以上と長くとってあるようです。それだけ、じっくり見てほしいという美術館の思いがあるのかもしれません。涼しくなる頃には、少し出歩けるようになっているといいのですが。
九州から東京はさすがに遠く、膝のこともありますので、今回はゆっくり出かけるというわけにはいきません。新聞やネットの記事を眺めながら、行ってみたいものだと思うばかりです。
今度のお稽古では、いつも使わせていただいている茶碗を、いつもより少し丁寧に拝見してみようと思います。名品でなくとも、一つ一つの茶碗にはきっと、それぞれの物語があるのでしょうから。

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