残暑の厳しい日が続いています。処暑と聞くと、少しは暑さもおさまるのかと思いますが、九州の日差しはまだまだ強いです。それでも朝の風には、ほんの少し秋を感じるようになりました。
先日、庭の水やりをしていると、火鉢のメダカが水面近くに集まっていました。涼しいところを探しているのでしょうか。私も暑い暑いと言いながら、風炉のお稽古の支度をしました。
その日、手に取ったのが平茶碗です。
毎年夏になると何気なく使ってきましたが、どうしてこれほど平たい形なのだろう。夏の茶碗だから、と覚えているだけでよいのだろうか。急に気になって、久しぶりに本を開いてみました。
平茶碗とは
平茶碗(ひらぢゃわん)は、口が広く、背の低い平たい形をした茶碗です。主に風炉の季節、暑い時期に使われます。
ある茶道具の本には、口が広いため茶が冷めやすく、見た目にも涼しさを感じさせる茶碗とありました。
なるほど。
冬には、筒茶碗のように深さのある茶碗で温かさを逃がさないようにします。暑い頃には、広く浅い茶碗で熱を逃がします。形が違うのは見た目だけではなく、飲む人への心遣いでもあったのですね。
四十五年以上お茶をしていても、知っているつもりのことが沢山あります。
広い水面のように見えました
平茶碗にお茶を点てると、茶の緑が広く見えます。その日は青みのある茶碗でしたので、どこか水辺のようでした。
わー、涼しそう。
茶碗の中に広がる緑を見ながら、義母が「道具は季節を考えて取り合わせなさい」と度々言っていたことを思い出しました。その頃の私は、夏だから夏らしい茶碗を出せばよいのだろうと、簡単に考えていました。生意気に、わかっているつもりだったのです。
平茶碗の口の広さには、茶を少し冷まし、目からも涼しく感じてもらう働きがある。そのことが腑に落ちると、義母の言葉も前より近く感じられました。
お茶の道具は、黙っていても色々なことを教えてくれるんですね。
平たいので少し難しいです
平茶碗は浅いため、茶筅を動かす時にいつもの深い茶碗とは勝手が違います。勢いよく点てると、こぼしそうになります。自信のない私は、つい手元ばかり見てしまいます。
茶巾で拭く時も、広い茶碗の形に添うように扱わなければなりません。よく知ったつもりでも、実際に手を動かすとうまくいかないものです。
以前、義母から「茶碗をよく見なさい」と言われたことがありました。その時は、景色や銘をよく見るという意味だと思っていました。今になって、形をよく見て、その茶碗に合った扱いをしなさいということも含まれていたのかもしれないと思います。
本当のところは、もう聞けません。
けれど、お稽古をしていると、昔の言葉がふっと戻ってくることがあります。不思議ですね。
秋近しの平茶碗
平茶碗は夏の茶碗ですが、立秋を過ぎた今頃に使うと、盛夏とは少し違って見えます。涼しさを喜ぶというより、去ってゆく夏を惜しむような気持ちになります。
孫娘の美月は、平茶碗をのぞき込んで「大きなお皿みたい」と言いました。確かに、初めて見る子にはそう見えるのでしょう。お茶を点てる道具だと話すと、不思議そうな顔をしていました。子どもの一言で、当たり前に見ていた形がまた気になります。
平茶碗とは、暑い時期に使う、口が広く浅い茶碗。
短くいえばそれだけですが、その平たい形の中には、茶を冷まし、涼しく見せ、客を思う心がありました。調べた後にもう一度手に取ると、同じ茶碗なのに少し違って見えたのがうれしかったです。
残暑の間に、もう一度平茶碗でお茶を点ててみようと思います。

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